本当に和牛を愛しているので、和牛の価値を上げる為に100日一緒に過ごしてきました。

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森田隼人シェフが経産牛(子牛を産み終えた母牛)と100日間、約650キロメートルの旅をし、その命の価値を高めたプロジェクト。旅の終わりに屠畜された牛を、旅の途中で出会った人々を招き、鉄板焼きにして振る舞う感謝の宴。命をいただくことの意味と、気持ちが通じ合う調理の大切さを表現した料理記録。

  • 命に対する向き合い方
    • 屠畜の最後の瞬間、牛の涙を見送り「本当にありがとう」と感謝を伝える
    • 命を大切にいただくことの覚悟を持つ
  • 調理姿勢
    • これほど気持ちが通じ合って料理をしたことはないという思いで、自ら包丁を握り丁寧に肉を切り分ける
  • 鉄板焼きの仕上げ
    • 旅で育まれた絆を表現するよう、鉄板で丁寧に焼き上げて振る舞う
  • 感謝の実践
    • 旅の途中で出会った150人以上の人々を招き、命をいただく感謝の会を開催する
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    熊本県天草市の田中牧場から経産牛を選定する

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    選定した牛に『めろん』と名付け、100日間の旅をともにする

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    大阪の実家からスタートし、大阪城、通天閣などを経由する

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    京都府綾部市のBIG TREE FARMで生まれ故郷へ里帰りさせる

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    広島県の原爆ドームで命の尊さを感じ祈念する

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    山口県の錦帯橋を経由してフェリーで大分県へ向かう

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    熊本県阿蘇市から熊本市へ進み、加藤神社で御祈祷を受ける

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    熊本城をバックに旅の成功を祈念し、地元の仕込み水を飲ませる

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    100日間の旅を終えて屠畜の日を迎える

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    1ヶ月後、旅で出会った人々を招いて感謝の会を開催する

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    森田隼人シェフが自ら包丁を握り、めろんの肉を丁寧に切り分ける

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    鉄板焼きにして丁寧に焼き上げ、参加者に振る舞う

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    命をいただくことの意味を伝える手紙を読み上げて締めくくる

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※ 動画の内容をトピックごとに整理してまとめています。

コロナ禍に立ち上がった「旅する和牛」プロジェクトと相棒との出会い

2020年、新型コロナウイルスが猛威を振るう中、シェフの森田隼人は医療、飲食、旅行、流通の4つの業界を支援するため、ある無謀な挑戦を思い立ちました。それは、寿命が残りわずかな経産牛(子供を産み終えた母牛)と一緒に旅をし、その命の価値を伝えるというものでした。森田は熊本県天草市にある田中牧場を訪れ、約400頭の牛の中からパートナーを探します。初日は条件に合う牛が見つかりませんでしたが、2日目に脚腰が非常にしっかりしており、人懐っこく森田の手から直接エサを食べる1頭の牛に出会いました。この愛らしい牛は「めろん」と名付けられ、森田と共に100日間、約650キロメートルを歩く壮大な旅に出発することになりました。

大阪の実家からスタートした旅と、突如襲った鼻輪のアクシデント

旅のスタート地点は、なんと森田の大阪の実家でした。実家に和牛を連れて帰るとは夢にも思わなかったと笑う森田ですが、母親も温かく迎え入れ、実家のガレージでめろん水浴びをさせて旅の汚れを洗い流しました。その後、大阪の観光名所である大阪城や、夜の通天閣めろんと共に練り歩きました。しかし、順調に見えた旅の初日に大きなトラブルが発生します。牛を安全に誘導するために最も重要な器具である鼻輪が外れてしまったのです。一歩間違えれば大事故につながる緊迫した状況の中、森田はこれまでの経験を活かして素早く鼻輪をはめ直し、事なきを得ました。このアクシデントを乗り越えたことで、一人と一頭の絆はさらに深まっていきました。

生まれ故郷への里帰りと、終戦記念日の原爆ドームで誓う命への感謝

旅の途中で一行は、めろんの生まれ故郷である京都府綾部市の牧場「BIG TREE FARM」を訪れました。育ての親である鳥渕さんから、生まれたばかりのめろんは非常に臆病で、他の牛にエサを食べ負けてしまうほどだったという思い出話を聞かされます。愛情を注がれて育ったからこそ、今の優しい性格があるのだと知り、森田は深く感動しました。その後、広島県に入った一行は、8月15日終戦記念日原爆ドームの傍らを歩きました。森田は「私たちは多くの尊い命の上に生かされている。そして、多くの家畜の命をいただくことで生きている。人間も牛も、同じ一つの命のつながりの中にいる」と、静かに、しかし強く命の尊さを語りました。

九州上陸と大自然の歩み、そして100年に1度の超大型台風からの避難

旅は山口県の錦帯橋の下を通り、フェリーに乗って大分県へと進みました。大分県竹田市から熊本県阿蘇市へと続く道中、気温は37度を超える猛暑となり、めろんの足取りが重くなるなど熱中症の危険が迫りました。森田たちはこまめに水をかけ、日陰で休ませながら慎重に歩みを進めました。しかし、さらなる試練が一行を襲います。台風9号に続き、100年に1度と言われる超大型の台風10号が九州に接近したのです。避難勧告が出る中、森田はめろんの安全を最優先に考え、一時的に安全な牧場へと緊急避難させました。嵐が過ぎ去るのを待つ間、森田はめろんの体を優しく撫で、無事を祈り続けました。

熊本の地での温かいサポートと、加藤神社での旅の成功祈願

台風が去った後、旅は最終目的地の熊本県へと入りました。熊本市にある加藤神社では、和牛が境内に立ち入るという歴史上例を見ない特別な許可を得て、旅の安全と命への感謝を捧げる御祈祷が執り行われました。復興中の熊本城をバックに、森田は「この和牛と共に、震災からの復興を少しでも後押ししたい」と決意を新たにしました。さらに、約150年の歴史を持つ地元の酒蔵瑞鷹を訪れ、お酒造りに使われる貴重な仕込み水を分けてもらい、めろんに飲ませてあげました。地域の人々からの温かい声援と、メロンパンいなり寿司などの差し入れに支えられ、一行はついにゴールへとたどり着きました。

100日の旅 of 結末、そして命を美味しくいただく感謝の特別な宴

旅を終えためろんは、無事に屠畜の日を迎えました。最後の瞬間、めろんの目から一筋の涙が流れるのを見た森田は、涙を堪えながら「本当にありがとう」と何度も感謝を伝えました。それから1ヶ月後、旅の途中で出会った人々を招き、めろんの命をいただく感謝の会が開催されました。森田は自ら包丁を握り、めろんのお肉を丁寧に切り分け、鉄板焼きにして振る舞いました。一口食べた人々からは「本当に美味しい」「いつもの味がする」と感動の声が上がりました。森田は「これほど気持ちが通じ合って料理をしたことはない。命を大切にいただくことの意味を、めろんが教えてくれた」と、手紙を読み上げ、100日間の旅を締めくくりました。

予約7年待ち「肉の鬼才」森田隼人の料理研究所

予約7年待ち「肉の鬼才」森田隼人の料理研究所

登録者 17.1万人 ・ 和牛・肉料理

森田隼人氏は、和牛レストラン『クロッサムモリタ』の代表であり、「肉の鬼才」として知られる料理人です。同店は予約7年待ちとも言われる入手困難なレストランとして紹介されています。本YouTubeチャンネルでは、家庭で作れるプロレベルの料理レシピを発信しています。

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